1 はじめに
被相続人の死後、残された遺言について相続人間で遺言の効力を巡り紛争になるケースが増えてきています。その理由は、以前に増して被相続人が生前に遺言書を作成しているケースが増えていること、他方で高齢化社会のため作成された遺言書がかなり高齢でありかつ認知症の状態で作られていること、被相続人がそれなりの財産を残して死亡するケースが増えていることなどにあります。
高齢化社会は今後も続くこともあり、生前に自分の財産を整理し、相続対策をするケース、遺言を作成するケースが増えているため、遺言無効の争いはこれからも増加していくものと予想されます。
しかし、遺言無効の争いを法的に解決するためには、他の紛争と異なり非常に複雑な手続きがいくつも絡み合うこと、それぞれの手続きの解決のために相当の期間がかかることから非常に困難を極めます。
そこで、ここでは、遺言無効確認のための手続きの内容や流れなどについてご説明いたします。まず、遺言無効確認に関する手続きのアウトラインは以下のとおりとなっていることから、次項以下で順次、これに沿って説明をいたします。
(1)自筆証書遺言の検認手続きについて
(2)遺言無効確認調停について
(3)遺言無効確認訴訟について
(4)遺留分侵害額請求について
(5)保全処分や抹消登記請求について
(6)遺産分割調停について
2 (1)自筆証書遺言の検認手続きについて
(1)検認とは
「検認」とは、相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。遺言の有効・無効を判断する手続ではありませんので注意が必要です。
(2)検認が必要な遺言の種類について
遺言については、民法で「遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。」と規定されています(民法1004条1項)。
ただし、公正証書遺言及び法務局において保管されている自筆証書遺言に関して交付される「遺言書情報証明書」については、検認は必要ありません(民法1004条2項、法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)。
すなわち、民法で要求される検認が必要なのは基本的には法務局で保管されていない自筆証書遺言と考えてください(民法にはその他特別の方式による遺言についての規定もあり、これらの遺言も検認が必要ですが、特別の方式による遺言は非常に稀なのでここでは割愛します)。
(3)検認手続きの流れについて
遺言書を保管していた者もしくはこれを見つけた者は、家庭裁判所に検認の申し立てを行う必要があります。申立をする家庭裁判所は、遺言者の最後の住所地の家庭裁判所です。
検認の申立がなされると、裁判所から各相続人に対し、検認期日の通知があります。
検認の期日では、出席した相続人等の立ち合いのもと、遺言書を開封し(封がされている場合)、遺言書を検認します(民法1004条3項)。
検認が完了した後、検認調書が作成されるので、必要であればその調書の謄本の交付を求めることができます。
この検認手続きの詳細は裁判所のウェブサイトをご参照ください。
(4)検認手続きに違反した場合の罰則について
上記の検認手続きに違反し、「遺言書を提出することを怠り、その検認を経ないで遺言を執行し、又は家庭裁判所外においてその開封をした者は、五万円以下の過料に処する。」とされています。
しかし、検認手続きに違反したからといって、遺言書の効力が無効になるものではないことにご注意ください。
3 (2)遺言無効確認調停について
(1)遺言無効確認調停とは
遺言無効確認調停とは、遺言の無効を確認することを求める調停手続きのことです。調停手続きなのであくまで申立人と相手方との間で裁判所を通じて遺言の効力について協議を行い、お互いの合意により遺言の有効無効を取り決める手続きです。
(2)遺言無効確認調停と調停前置主義について
家事事件手続法では、「第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。」と規定しています。これは「調停前置主義」を定めたものです。
すなわち、家事事件手続法により調停を行うことができる手続きについては訴訟を起こすよりも先に調停を申し立てることが必要とされているのです。
それは、家事事件手続法において調停を行うことができるとしている手続きはいずれも、当事者間での協議により解決ができるのであれば協議により解決することが望ましいと考えられていることから、訴訟による解決に先んじて調停での解決を試みるべきとされているのです。
とはいえ、遺言無効確認事件に関しては、たしかに当事者間(相続人間)で協議によりその無効か有効かを合意できればそれに越したことはないのは分かりますが、他方で、遺言が有効か無効かによって相続人間で受け取る遺産の内容に大きな違いが生じることが通常です。
そしてこのような場合には、相続人間で相当な軋轢や人間関係の破壊があるため、お互いの言い分を前提に譲りあうところは譲りあうことを前提にした調停にて解決することは考え難いのが通常です。
そのため、実務では遺言無効確認事件においては調停前置の例外をとり、いきなり訴訟を起こすことも多いのが実情です。
その場合、調停前置主義の趣旨に照らすと、調停なくして起こされた訴訟について、法律上は「裁判所は、職権で、事件を家事調停に付さなければならない。」とされているので、調停に移行することとなります(家事事件手続法257条2項本文)。
しかし、「ただし、裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、この限りでない。」とされていることから、例外的に調停によらずにそのまま訴訟手続きを進行させることも可能なのです(家事事件手続法257条2項ただし書き)。
そこで、遺言無効確認調停をせずに訴訟を提起する場合には、「裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認める」ために必要な事情を訴訟提起の際に主張しておくことが重要です。
4 (3)遺言無効確認訴訟について
(1)遺言無効確認訴訟とは
遺言無効確認訴訟とはまさに、遺言の無効の確認を求める訴訟手続きのことです。自筆証書遺言であろうと、公正証書遺言であろうとその効力が無効であると考える相続人は、他の相続人らを被告として遺言無効確認訴訟の提起が可能です。
(2)遺言無効確認訴訟の当事者と管轄裁判所について
遺言無効確認訴訟の当事者は、法定相続人や受遺者です。これらの者が当事者となって(原告ないし被告となって)、遺言の効力を巡り裁判手続きを行うこととなります。
また、遺言無効確認訴訟の管轄裁判所は、被告の住所地及び被相続人の死亡時の住所地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所です。
(3)遺言無効を認めてもらうのに必要な主張立証について
調停と異なり、訴訟になると、遺言無効の主張が認められるかどうか、すなわち遺言を無効と判断するかどうかは裁判所の専権事項です。そのため、原告は裁判所にこれを認めてもらうためにあらゆる主張立証を尽くす必要があります。
その際に必要な主張立証の内容ないし遺言が無効と認められるための要件については、次の記事に詳細に解説をしているのでそちらをご参照ください。
(4)遺言無効確認訴訟の判決に至るまでの期間
どのような民事訴訟でも大抵は、訴訟を提起後に第1審の判決が出るまで1年前後の期間がかかってもおかしくはありません。
その上、遺言無効確認訴訟の場合には、
(1)主張立証の資料が相当大量にわたること(認知症を前提としてそれに関連する資料(診断書、カルテ、看護記録、介護記録、介護認定記録、日記、陳述書など)
(2)原告と被告との間で遺言の効力を巡る対立が相当激化することが多いこと
(3)遺言無効確認の訴えと同時に予備的に遺留分侵害額請求や他の予備的請求を求めていることも多いこと
から上記期間以上に解決までに時間を要するのが実情です。
そのため、第1審の判決が出るまでに1年以上はかかると思ってください。
さらに、そもそも訴訟を提起するまでの間に上記資料等の取り付けや分析、整理と訴状の作成のためにやはり相当の期間(数か月)が必要です。
その上、仮に第1審で判決が出たとしても、その結論に対して当事者からの控訴がされる確率が他の訴訟よりも高く(遺言無効確認訴訟の場合、他の訴訟と異なり、遺言が有効か無効かというに二者択一の結論しかないため、自分に不利な結論になった当事者は控訴することが多い)、控訴審や上告審での判断が出るまでにさらに期間が必要です。
以上を踏まえると、遺言無効確認訴訟の最終的な結論が確定するまでには2,3年から5年、場合によってはもっと時間を要すると覚悟しておく必要があります。
5 (4)遺留分侵害額請求について
(1)遺留分侵害額請求とは
遺留分侵害額請求とは、遺言により自分の法定相続分を侵害する内容の遺贈がなされていた場合、一定の割合で最低限度の遺留分を確保することができ、自分の遺留分を受遺者らに請求することができる権利のことをいいます(民法1042条)。
(2)遺留分侵害額請求と遺言無効確認訴訟の関係
遺留分侵害額請求は、遺言により自己の法定相続分を侵害された場合にそのうち一定額を取り戻すことを認める権利であるところ、遺言無効確認訴訟により遺言が無効になれば、自己の法定相続分を侵害されたことにはならない(自己の法定相続分を回復できる)ことから、これが問題となることはありません。
他方で、遺言が有効となった場合には、遺留分侵害額請求権を行使しないと最低限度の遺留分を獲得できません。
そのため、遺言無効確認訴訟を提起する際に、(1)主位的には遺言無効確認訴訟を起こし、(2)予備的には遺留分侵害額請求をするという訴訟の提起をすることがあります。
6 (5)保全処分や抹消登記請求について
その他、遺言無効確認訴訟を提起するに先立ち、遺言が無効であるとの判決が出るまでに遺産の処分がされると困るとして、保全処分を申し立てることがあります。
たとえば、遺産の一部である土地について、遺言無効確認判決が出るまでは売却されないようにするという場合などがそれです。
他には、遺言無効確認訴訟と一緒に、遺言の有効を前提として不動産の登記がすでに移転されていれば、抹消登記請求を起こすこともよくあります。
7 (6)遺産分割調停について
遺言無効確認訴訟により、遺言が無効であるとの判決が言い渡された場合には、他に遺言がない限り、遺言がまったくない状態に戻るので、共同相続人全員で遺産分割協議を行うことが必要です。他方で、他の遺言がある場合には、その遺言の効力に問題がない限りはその遺言により遺産を取得することとなります。
そのため、遺産の範囲や評価額、分割方法を巡って改めて家庭裁判所の調停手続きにより遺産分割協議を行うこととなります。
当然、それまでの経過(遺言無効確認調停や訴訟での主張立証や対立状況など)から、遺産分割調停でもお互いの主張立証は相当激化することでしょう。そのため、遺言無効確認訴訟と同じかそれ以上に遺産分割調停にて激しいやりとりが続くのが通常です。
結果、遺産分割調停でも最低で1年、長いと数年程度は解決までに時間がかかることが通常です。
8 【補足】遺言無効の主張と弁護士への相談、依頼の要否やメリットについて
執筆者:弁護士 呉裕麻(おー ゆうま)
1979年 東京都生まれ
2002年 早稲田大学法学部卒業
2006年 司法試験合格
2008年 岡山弁護士会に登録
2013年 岡山中庄架け橋法律事務所開所
2015年 弁護士法人に組織変更
2022年 弁護士法人岡山香川架け橋法律事務所に商号変更
2022年 香川県高松市に香川オフィスを開所