弁護士の仕事の多くは、世の中で生じた紛争を対象としています。
後見業務や契約書のリーガルチェックなどの非紛争型の業務を多く扱うということでなければ、弁護士は常に紛争の中で生きていると言っても過言ではありません。
朝から晩まで相談や依頼、調停や裁判はいずれも紛争そのものであり、それら紛争について、代理人として力を尽くすのです。
当然、これら紛争で最善の結果を尽くすことの対価として着手金を頂き、勝ち取った成果に応じて報酬も頂戴しています。
そのため、「弁護士は紛争を金儲けの種にしている」という言い方をする人もいるようです。
しかし、私は弁護士として決して「紛争が好き」な訳ではないと思っています。
すなわち、紛争が好きな訳ではなく、「紛争解決が好き」なのだと言いたいのです。
紛争解決とは要するに、紛争のない状態、紛争が治まった状態であり、一種の平穏、平和、安全と安心な状態を実現することです。
このような平穏な状態が好きだからこそ、相談者、依頼者にもその平穏な状態、生活を実現してもらいたく、弁護士として力を尽くすのです。
当然、そのような状態に至るまでには激しい主張や攻防が避けて通れません。
しかし、そのような応酬も法律のルールに基づき展開されます。決してルールに外れる方法はとりません。
そして、最終的には当該紛争について必ず結論が出ます。
時には思うような結果に至らないこともありますが、仮にそうだとしても紛争自体はそこで終結します。
その結果、紛争状態を脱することになり、依頼者の方にはやはりまた一定の平穏状態がもたらされるのです。
やはり私はそうした結果、得られた平穏をとても大切にしたいと考えます。 (できる限り避けるようにしつつも)人間にとって紛争は避けて通れない問題かもしれませんが、最後には必ず紛争のない状態が望ましいと思うのです。
その意味ではやはり戦争には強く反対をします。戦争には裁判などと異なり、明確な終わりがありません。国際法のルールも戦争状態だと容易に破られがちです。
そのため、人々を果てしない窮地に追い込む戦争は許せないのです。
話しが大分変りましたが、
(1)弁護士は紛争が好きなのではなく、紛争解決や平穏が好きだということ
(2)その紛争解決は法律のルールにより実現すべきこと
(3)これに対して戦争というものにはこれを容認する理由がどこにも見当たらないこと
(4)だからこそ戦争には反対するということをご理解いただけたらと思います。
毎年、8月になると広島や長崎のこと、過去の悲惨な戦争のことを考えます。
当然、ウクライナのことも気になります。
そうした中、弁護士は決して紛争が好きでしているわけでないことを知ってもらいたいと思い、書きました。
警察も、事件が好きでやっているのではないはずです。
消防士も火事が好きでやっているのではないはずです。
いずれも、弁護士も、これらがない平穏な状態を実現したいと思って日々、頑張っているのです。