公私ともにAIの活用を推し進めています。
日々、「どんなことにどんな風にAIを当てはめたらより便利に、より刺激的なことができるか?」と考えながら生活をしています。
私自身はおそらく、AIをかなり活用している方だと思います。
というのも、とあるAIに関する研究会においても私の活用方法はどうやら先進的な事例と受け止められているようなのです。
そうした取り組みの中、時には「AIで置き換えのできないこと」について考えてみたりもします。いわば「AIの限界」というか、「AIにとっての未知の領域」です。
この「AIにとっての未知の領域」というのは面白いもので、今まで私たち人間が行っていたことをAIが行うようになり、まずはAIでほとんどのことが代替できるが、それでも限界があるという捉え方です。
なんだか主従が逆転したようなイメージであり、AIの質の向上がよくわかる表現で興味深いです。
さて、その「AIにとっての未知の領域」について具体的に想定できるのは以下のものでしょうか。
①人の身体的動作が伴う作業やサービス(整体やマッサージ、介護、整髪など)
②感情に対する配慮を要するサービス(法律相談、精神科医など)
③高度に創作的な活動(作詞作曲、芸術)
しかし、これら①から③についても実はAIでの代替が可能だと思います。特に②、③はそのように思います(①についてはAIでの代替とは別途、もともと機械によるサポートや代替が進んでもいます)。
そのため、もはやAIで代替ができないものは「少ない」し、今後もどんどん減ると思います。
実際、AIに法律相談をかけても心情に対するケアを内容とした回答や反応がかえってきます。
作詞作曲や芸術についてもすでに多数の作品が世に出ています。
このようにAIによる代替可能性はかなり広いと思いますが、それでもやはり絶対に置き換えができないものはあるはずだとも思いたいところです。
そんなことを最近、毎日考えていたところ、素敵なイタリアンでランチをする機会に恵まれました。
そこでは食材や調理に拘った数々の料理をホスピタリティに溢れたスタッフが丁寧に提供してくれたのですが、「これだ」と感じたのです。
このような最高峰の料理のレシピはきっとAIには創作できないと思ったのです。
そう実感させられるほどいずれの料理も高度の創作性に溢れていました。きっと元となる材料をAIに入力し、「最高級のイタリアンのレシピを考えてください」と指示しても無理なはずです。
しかし、これも私が現時点でそのように思っているだけなのでひょっとすると世界中の名だたるイタリアンの名店の過去のレシピを大量にAIに入れればひょっとしたら創作性に溢れたレシピが仕上がることもあり得るかもしれません。
なので現時点でのAIの到達点としては、「最高級のイタリアンのレシピはAIに代替不可能(なはず)」と結論付けておきつつ、将来このブログを見返した時に「過去にはこんなことを考えていたんだな。」と鼻で笑う時が来るのかもしれません。
