裁判手続きの中で裁判官から和解案の提示があることがあります。その内容が自分に有利であれば当然、応じることでしょうけど、そうでない場合には拒否したい気持ちになるのが通常です。しかし、実際に拒否をしてしまうと、その後の裁判手続きに不利な影響が生じないかが気になることでしょう。そこで、このコラムでは裁判所からの和解案に対するその後の心証についてまとめました。
1 裁判所からの和解案の拒否とその後の心証について
裁判所からの和解案を拒否すると、その後の裁判の心証にどのような影響があるのかについて気になる当事者は少なくありません。そこで、以下ではそもそも和解とは何か、どのようにして和解案提示に至るのかなどを踏まえ、仮に和解案を拒否した場合にその後の裁判の心証にどのような影響があるのかをまとめました。
いずれも弁護士としての経験に基づく解説になるので、裁判を抱えている方の参考になるかと思います。
2 和解とは何か
(1)和解について
日常生活でも聞くことのある「和解」という言葉ですが、裁判手続きにおいては、和解にもいくつか種類があり、その定義には厳密さが求められます。
そこで、まずは様々な用いられ方をする「和解」の意味を解説します。
(2)日常的に用いられる和解について
第一に、和解という言葉が日常的に使われる場合には、お互いが譲り合って物事を決着させる合意を意味します。
お互いが紛争になった後、話合いを通じてその紛争を解決するものです。口頭による場合でも書面を作成する場合でも、とにかく生じた紛争をお互いで解決する、終了させるという合意があればそれで和解は成立します。
(3)民事裁判における和解について
第二に、民事裁判でいうところの和解(民事訴訟法267条)とは、当事者相互の互譲(譲り合い)により、お互いの権利関係を終局的に確定させ、訴訟手続きを終了させる合意を意味します。
この民事裁判でいうところの和解は、より厳密には「訴訟上の和解」とか「裁判所の和解」と呼ばれます。他方で、民事裁判以外での和解は「訴訟外の和解」とか「裁判外の和解」と呼ばれます。
民事裁判における和解は、その成立により、その内容が裁判所の調書にされ、結果、確定判決と同一の効力を持ちます(民事訴訟法267条)。そのため、和解内容に給付条項が盛り込まれていれば、その和解には執行力が認められ和解内容を守らない相手の財産を差し押さえることができます。
(4)刑事和解制度について
第三に、これらとは別に刑事事件の中で和解をすることも可能であり、刑事和解とか刑事和解制度と呼ばれています。これは、被告人と被害者との間で刑事手続きの中で、当事者間で成立した合意内容や示談内容を裁判所が調書にしてくれるものです。
その結果、民事裁判を経ることなく刑事事件の中で民事裁判における裁判上の和解と同一の効力を持たせることが可能となります。
従前、刑事事件の被害者は刑事手続きの中で十分な補償がなされなかったり、弁護人を通じて示談をしてもその後の支払いが確保されなかったりすると、別途、民事裁判を起こすしかありませんでした。
その点、この刑事和解制度を用いれば、わざわざ民事裁判を起こすことなく、裁判上の和解の効力を持たせることが可能となったのです。
(5)和解についてのまとめ
以上のように、一言で和解と言っても、用いられる場面や内容、効力にはそれぞれ違いがあります。そのような違いの中で、以下では、民事裁判の中で裁判所から和解の提案があった際の対応や、これを拒否した場合のその後の裁判官の心証について解説をします。
3 民事裁判における裁判所からの和解案提案の方法について
(1)民事裁判における和解案提案のタイミングについて
民事訴訟は、原告が訴状等を裁判所に提出し、これが被告に送達されることで始まります。
訴状を受け取った被告は、その内容に対して事実関係の認否や法的主張に対する反論をすることが大半です(他方で、受け取った訴状に反論をせず、請求自体を認めると「請求の認諾」となり、これにより原告の主張がすべて認められたことになります。)。
被告からの事実関係の認否や法的主張に対する反論は、答弁書もしくは準備書面として提出されます。
原告は、これら書面に対して再反論があればその準備をし、やはり書面にまとめて提出をします。また、追加の書証があればそれも提出します。
その上で、被告は原告からの反論にさらに反論があれば再反論を、原告はその再反論にさらに再々反論があれば再々反論をします。
こうして裁判手続きは当事者間の書面での主張と立証を中心に、期日が重ねられ、争点を中心としてお互いの言い分が整理されていきます。
以上の当事者間の主張立証や争点整理を経て、裁判所・裁判官は、当該紛争に対する心証を徐々に形成していきます。そして、主張立証が概ね済んだ段階で、裁判所から当事者双方に対して、和解での紛争解決の可否を尋ねてくるのです。
したがって、裁判所からの和解提案のタイミングは多くは紛争についての主張立証が煮詰まった時になります。
とはいえ、訴訟開始から間もないタイミングで和解提案になることもあります。それは、当事者のいずれかもしくは双方が、早期の話合いでの解決を希望している場合や、主張立証がさほど多くなく、争点も明確で裁判所としてすでに提出されている裁判資料から早期に心証形成が可能な場合などです。
そのため、裁判所からの和解案提示のタイミングはケースによるものの、多くのケースでは、お互いの主張立証が煮詰まった時と考えて構いません。
(2)裁判所からの和解案提示の方法について~当事者との対面の点~
次に、実際に裁判所からはどのような方法で和解案が提示されるかについて解説します。
この点、和解案は、裁判所の心証を踏まえたものであることが通常であり、和解案の内容を聞くことで自分の主張が通りそうなのか、そうではなく相手方の主張が通りそうなのか言い換えると自分が有利か不利かが鮮明になります。
そのため、多くのケースでは裁判官が当事者と個別に和解案を示すことがあります。すなわち、裁判官と原告のみで裁判官からの和解案の提示を受け、次に裁判官と被告のみで裁判官からの和解案の提示を受けるのです。
当然、相手方と裁判官が話している内容は見聞きすることはできません。
当事者はこうして裁判所からの和解案を聞き、場合によってはその和解案に至った理由も聞き、その内容に応諾できるかどうかを検討することとなります。
他方で、当事者双方の面前で直接、和解案を提示するケースも少なくありません。これは、双方に同時に和解案を示しても落ち着いた冷静な対応が可能な場合や、当事者の一方が自分に不利な裁判であると明確に認識しているような場合や、当事者双方に代理人弁護士が就いているような場合に多いともいえます。
(3)裁判所からの和解案提示の方法について~書面によるか口頭か~
次に、裁判所からの和解案が具体的にどのように提示されるかについてです。
この点、割と多くのケースでは、裁判所からまずは口頭で心証や和解案の内容が告げられることがあります。和解案は仮にお互いが飲まないとなると、判決に向けて手続きが進みますので書面でその内容を残すと後の審理に支障が生じることがあるためです。
他方で、交通事故や労災事故の場合を中心に、裁判所から書面にて和解案を示されることも少なくありません。これは、各損害項目に従って個別に裁判所の心証を踏まえた金額を積み上げないことには、和解の当否を当事者双方(もしくは交通事故の場合には保険会社)が検討をし、結論を出せないからです。
4 和解案提案の際の裁判所・裁判官の本音について
訴訟上の和解のメリットは、判決と異なり、柔軟な内容での紛争解決が可能という点にあります。
また、判決の場合には、内容に不服がある当事者は控訴や上告が可能ですが、和解の場合にはこれができません。
裁判所の視点からは、和解の場合には和解調書の作成によりすべてが解決しますが、判決の場合には判決文の作成という作業が必要になります(判決文の作成には相当な時間と労力を要します)。
さらに、無数の裁判を経験している裁判官はその経験に照らし、当該紛争のあるべき結論が相当具体的に見えているものです。
そのため、判決で導くのと遜色ない和解案にて当事者双方が納得してくれれば、紛争の早期解決にもなると考えています。
そのような事から、裁判所・裁判官は、あらゆる民事裁判に関し、できることなら和解で解決したいと考えているのです。したがって、民事裁判の中で和解の提案を受けた際には、裁判官のこのような本音を念頭に和解案への対応を決めることが得策です。
とはいえ、このことは提示された和解案には有無を言わさず応諾せよという事はない点にも注意が必要です。
とりわけ、上記のような裁判所側の事情から、当事者の心情を踏まえずに無理やりに和解成立をさせようとする裁判官がいることもまた事実なので注意が必要です。
5 提示された和解案への対応方法について
以上のように、裁判所はできれば和解で訴訟を終えたいと考えることが多いともいえます。そのため、せっかく解決のために和解案を提示したのに、何ら検討もせず、すぐさま和解案を蹴るようだとあまりいい印象は持たれないかもしれません。すぐさま和解案を蹴るくらいであれば、裁判所から和解案提示の打診があった際に、きちんと自分なりの理由を示した上で提示自体を断るべきです。
そもそも和解案を示された場合、検討する余地があるなら和解案の提示を受けるようにしてください。
次に、提示を受けた和解案については、それまでのお互いの主張立証を踏まえた暫定的な裁判所の心証だということを前提に、しっかりと向き合うようにしてください。いくら納得の行かない和解案であったとしても、暫定的な心証を踏まえた提示である以上は、仮に判決になった場合には和解案と同等もしくはそれ以下の結論になることもあるのです。
その上で、それでも納得がいかないようならその理由を告げて和解案を拒否しても構いません。
繰り返しですが、和解案はあくまでお互いの合意が成立して初めて和解として成立するにとどまるので、納得のできない内容に無理して応じる必要はないのです。
和解案の拒否とその後の裁判官の心証との関係についてですが、そもそも裁判はあくまで判決で白黒つけるものですから、いくら裁判官が和解案を提示したとしても、自分としてはその内容に納得がいかないことをきちんと理解してもらえば、その後の裁判に直ちに悪い心証を与えるとは言い切れません。
すなわち、裁判官も人ですから、和解案の提示があった場合にはきちんとこちらも人として向き合って誠実に対応をすることだと思います。
執筆者;弁護士 呉裕麻(おー ゆうま)
1979年 東京都生まれ
2002年 早稲田大学法学部卒業
2006年 司法試験合格
2008年 岡山弁護士会に登録
2013年 岡山県倉敷市に岡山中庄架け橋法律事務所開所
2015年 弁護士法人に組織変更
2022年 弁護士法人岡山香川架け橋法律事務所に商号変更
2022年 香川県高松市に香川オフィスを開所