1 事案の概要について
亡Aの亡長男の子である原告X1及び原告X2が、亡Aの長女である被告に対し、平成23年1月26日に亡Aが原告らに法定相続分以上の割合で遺産を相続させること等を内容とする本件公正証書遺言をした後、亡Aの遺産のうち4000万円の預金を被告に遺贈すること等を内容とする平成24年1月13日付けの自筆遺言証書(本件遺言書)による本件遺言をしたことから、同遺言当時、亡Aの遺言能力はなかったと主張して、本件遺言の無効確認を求めた事案において、本件遺言書作成直前、亡Aは長谷川式の簡易知能評価スケールで13点であったこと等から、亡Aの認知症の程度は中等度に進んでいたと認められ、また、認知症が進行する前になされた本件公正証書遺言と本件遺言との内容の変更を合理的に説明しうる、亡Aと原告ら及びその母との関係が悪化したというような事情はうかがわれない上、被告の認識していた遺産内容を反映している本件遺言は、亡Aが被告宅に外泊中に作成されたこと等の事情を総合考慮して、本件遺言時の亡Aの遺言能力を否定し、請求を認容した事例
2 事案の特徴について
(1)遺言者(亡A)の遺言時の年齢
80代
(2)遺言書の種類
自筆証書遺言(平成24年1月13日作成)
(3)遺言者の精神疾患の状況
アルツハイマー型認知症(中等度)
(4)原告
亡Aの亡長男の子である原告X1及び原告X2
(5)被告
亡Aの長女
(6)遺言書の内容
従前の内容を撤回し、被告に遺産の大半を相続させる
3 遺言無効を認めた裁判所の判断枠組みについて
(1)遺言能力の欠如を理由とした遺言無効の判断基準について
遺言能力の欠如を理由として遺言無効を判断する際、裁判所は遺言能力の定義をした上で、当該事案を当該定義にあてはめて遺言無効の判断をすることが多いです。
そして、遺言能力の定義はいまだに画一的、統一的な定義がある訳ではなく、裁判例ごとに異なる定義づけがなされています。
とはいえ、その定義内容をつぶさに分析すると、決してその場限りの定義がされているものでもなく、裁判例ごとに共通点がまったくないということでもありません。
この点、遺言能力についての考え方は以下の記事で詳細に説明をしているのでご参照ください。
(2)本件裁判例における遺言能力の定義づけについて
本件裁判例では、遺言能力の定義づけないし判断枠組みについては特に触れずに、以下のとおり結論を導いています。
(3)遺言能力についての判断
(1)亡Aの状況
亡Aの状況は、平成23年3月に軽度の認知症と診断され、その後、悪化していた。入院中は自分の病名も入院の理由も度々分からなくなる状態であった。平成23年5月に退院した後も、食べたばかりの食事の内容を思い出せず、自発的に平易な文字を書くこともできない状況になっていた。本件遺言直前には年月日や自分のいる場所され答えることができず、長谷川式簡易知能評価スケールで13点であった。これらのことからすると、認知症の程度は中等度に進んでいたと認められる。
(2)本件遺言の内容
本件遺言の内容は、認知症が進行する前に作成された本件遺言公正証書の内容と異なるものであり、その付言事項に表れている亡Aの意思とも大きく異なるもの。これらの内容の変更を合理的に説明しうる亡Aと原告らの関係が悪化したというような事情もない。
(3)本件遺言の作成状況
本件遺言が被告宅に外泊中に作成されたこと、本件遺言内容の一部は亡Aの意思というよりもむしろ被告の意思が強く表れていることからすれば本件遺言の作成やその内容について被告の影響が少なからずあった。
(4)結論
以上に照らすと、亡Aは本件遺言書作成の歳、本件遺言をする意思能力を書いていたものであり、本件遺言は無効である。
4 本件裁判例についてのまとめ
本件裁判例では、遺言能力の判断基準については具体的に示すことなく、個別の事情を検討することで遺言無効の結論を導いています。
その際、上記のように遺言者である亡Aの状況を丁寧に論じ、認知症の症状が中等度であったとしています。遺言無効の裁判では、往々にして遺言者の年齢や病状が最初に検討されるところ、本件裁判例でもそのような順序で検討がされているものです。
続いて、本件遺言の内容が、従前作成された遺言の内容と異なること、そのような大幅な変更になったことの合理的説明がないことを論じています。遺言が複数作成されていたり、遺産について遺言者ないし被相続人の意向が示されていたりするケースでは、遺言能力に問題がない際に作成された遺言書とその後、作成された遺言書とで内容上の変更があるかどうか、あるとしてどの程度か、変更したことに合理的な説明が可能か否か、が検討されます。遺言書は遺言者の財産処分についての最終の意思表示なので、その意思表示の解釈に際しては、遺言者の意向を十分に考慮することが重要です。そのため従前の遺言書との違いや、変更の理由について検討されるのです。
本件裁判例では、引き続き、本件遺言書作成状況について検討をし、これが被告宅にいる際に作成されたものであることや、その内容が被告の意向に沿うものであることを認定しています。高齢者であり認知症のある遺言者については、周囲の者の影響を相当程度、容易に受け得るものです。そのため、遺言により有利な結論を受ける者の影響下で作成された遺言についてはその効力が否定される傾向にあります。
以上、本件裁判例では、遺言者の症状、遺言書の内容変遷の合理性、遺言書作成状況に照らし、遺言無効を認めました。
執筆者:弁護士 呉裕麻(おー ゆうま)
1979年 東京都生まれ
2002年 早稲田大学法学部卒業
2006年 司法試験合格
2008年 岡山弁護士会に登録
2013年 岡山中庄架け橋法律事務所開所
2015年 弁護士法人に組織変更
2022年 弁護士法人岡山香川架け橋法律事務所に商号変更
2022年 香川県高松市に香川オフィスを開所