解放されたい
つい先日のハロウィン大騒動を見て、ここ数日ずっと考えていました。
「どうして人はハロウィンで大胆な仮装をし、大胆な行動を起こすのか?」
いろいろ考えましたが、今の私の結論は
「解放されたいという心理が、仮装を通じて実現したもの」
というところに達しました。
解放の意味ですが、
まず第一に、「日常からの解放」を指します。
日々のストレスや窮屈な生活、ルールからの脱却、解放の手段としてハロウィンの仮装が使われている。仮装し、集団となることで非日常を味わい、日常を忘れる。
そのことによって日常から解放された気分に浸り高揚するのではないでしょうか。
第二に、「自分からの解放」を指します。
仮装することで、自分はもはや自分でなくなり、引っ込み思案の自分が大胆な行動(見知らぬ人に話しかけ、一緒に写真をとるなど)をとることができる。嫌いだった自分を忘れ、自由になれるのです。
そして、この二つの「解放」が掛け合わさることで、社会のルールや倫理、モラルからも逸脱し、もはや誰も抑えようのない暴徒のような行動すら起こしてしまうのです。
私の考えとしては、ハロウィンなるものを仮装して町で楽しむことは多いに結構だと思います。
しかし、そこで得られる「解放」は、あくまで他人への迷惑や、モラル、社会のルールに反してはならないことを当然の前提とすべきです。これができないのであれば今後のハロウィンは法律で規制される方向で進むことでしょう。
人は誰でも日常や社会、ルールやモラル、そして自分から解放されたいと思いながら生きています。
そして、時には羽目を外すこと、気分転換を図ることも必要かもしれません。そのためのツールとしては、歌を歌う、山に登る、旅に出る、スポーツをする、読書をするなどいろいろな方法があります。
それにもかかわらず、降って湧いたようなイベントごとに集団で参加し、他人に迷惑をかけるなど、到底許されるものではなく、昨今の「行き過ぎた」ハロウィン行事には賛成できません。