貞操権侵害で慰謝料を請求できるケースやその方法について
このコラムでは、既婚者であることを偽られていた責任を、貞操権侵害という方法で責任追及するために必要な知識を詳細に解説しています。貞操権侵害により人生を狂わされた方の被害回復の一助となれば幸いです。
【目次】
1 交際相手から既婚者であることを隠されていた方へ
2 貞操権とは
3 貞操権侵害について判断した最高裁の事案について
4 貞操権侵害が認められるケース
5 貞操権侵害が認められないケース
6 貞操権侵害が認められる場合の慰謝料額について
7 交際相手の配偶者からの慰謝料請求について
8 貞操権侵害に基づく損害賠償請求の方法は?
【本文】
1 交際相手から既婚者であることを隠されていた方へ
真剣に交際をしていた相手方が実は既婚者であると知った時、突然、目の前が真っ暗になり、それまでのすべてが一気に失われ、また本来予定していた交際相手との将来も同時に失われ、人生設計は大きく崩れることとなります。
交際相手はあなたを騙し、自らの性的な欲求を満たすためだけにあなたに嘘を付き続けてきたのです。
そのような状況を踏まえ、しかるべき制裁や責任を考えた場合、「貞操権侵害」による損害賠償の方法があり得ます。
そこで、以下この貞操権侵害とは何かや、貞操権侵害に基づき具体的にどのような対応が可能なのかなどを解説したいと思います。
2 貞操権とは
貞操権侵害の前提としてまず貞操権についての説明をします。
この貞操権とは、「自分がいつどこで誰とどのようにして性的な関係を持つかどうかを自らの意思で自由に決める権利」となります。これをより簡潔に表現すると「性に対する自由な意思決定権」と言うこともできます。
このような貞操権とは、男女といった性別や年齢、既婚の有無を問わず誰にでも認められる権利です。当然、誰でも自分が誰と性的な関係を持つかどうかを自由に判断することが許されますし、これが侵害されれば強制わいせつ罪、強制性交等罪になることは当然のことです。
そして、貞操権の定義がこのようなものになる以上、その自由な意思決定を故意または過失により侵害された場合には、その侵害行為により被った精神的苦痛に対して、不法行為に基づく損害賠償請求が可能となります。これはすなわち慰謝料請求と言われることもあります。
3 貞操権侵害について判断した最高裁の事案について
では、具体的にどのような場合であれば貞操権侵害を根拠とした慰謝料請求が可能かを考えて行きたいと思います。
この点、まずもって重要なのは貞操権侵害についての最高裁判決(昭和44年9月26日)についての理解です。
この事案は、既婚男性が未婚女性に、妻とは不仲であると告げ、結婚する気もないのにその気があるように装った上で将来の結婚をしようとかと述べ、女性をその気にさせて性的関係を継続したというものです。
なお、この事案では女性は男性が既婚者であること自体は知っていたということです。
これに対して最高裁は以下のように判示し、女性の請求を認めました。
「思うに、女性が、情交関係を結んだ当時男性に妻のあることを知つていたとしても、その一事によつて、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰藉料請求が、民法七〇八条の法の精神に反して当然に許されないものと画一的に解すべきではない。すなわち、女性が、その情交関係を結んだ動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合において、男性側の情交関係を結んだ動機その詐言の内容程度およびその内容についての女性の認識等諸般の事情を勘酌し、右情交関係を誘起した責任が主として男性にあり、女性の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し、男性の側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰藉料請求は許容されるべきであり、このように解しても民法七〇八条に示された法の精神に反するものではないというべきである。」
この最高裁の事案では、明確に「貞操権」という表現自体は用いられていませんが、男性から騙されて性的関係を持たされ続けた点を捉えて慰謝料を認めていることや、「貞操等の侵害を理由とする慰謝料請求」という表現をしているのでまさに貞操権の侵害を問題とした事例と考えて構いません。
そして、この最高裁の事案でのポイントは以下のとおりに整理することができます。
①女性が、男性が既婚者であることを知っていたとしても貞操権侵害は成り立ちうること
②男性の側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには慰謝料請求を認めるとしていること
したがって、貞操権侵害を理由とした慰謝料請求を検討する際にはこれらの要素を満たすかどうかを検討することとなります。
4 貞操権侵害が認められるケース
以上の最高裁の考え方を前提にすると、以下のようなケースであれば貞操権侵害を理由とした慰謝料請求の余地があると言えます。
①交際相手が未婚者であると偽っていたもしくは既婚者であることを明らかにしていたが別居しているとか離婚間近であると説明をしていた
②自分との将来の結婚を約束されていた
③自分もそれらを信じ、交際し、肉体関係を持つようになった
これらは要するに、将来の結婚に対する期待をどの程度持たせていたか否かに関わる問題だといえます。独身のため、婚活中にこのようにして関係を持つに至ったが、実は既婚者であったとか、離婚などしないという場合には、将来の結婚に対する期待を前提とした貞操権侵害が肯定されるのです。
5 貞操権侵害が認められないケース
逆に、以下のようなケースであれば貞操権侵害を理由とした慰謝料請求の余地は乏しくなると言えます。
①交際相手が既婚者であることを知っていたし、将来の離婚が確実だと信じてもいなかった
②自分との将来の結婚の話は出ていなかった
③自分もそれらを前提とした割り切った関係だと思っていた
これらは要するに、自分自身も交際相手との将来はないと考えていたもしくは単なる肉体関係に過ぎないと考えていた場合です。既婚者とわかっていたし、自分との婚姻もないと思っていた場合にまで貞操権侵害を認める必要もないからです。
6 貞操権侵害が認められる場合の慰謝料額について
以上のように慰謝料の請求が認められる場合に、では具体的にいくらくらいの慰謝料が可能になるのか、できるだけ高額な慰謝料が認められるのはどのような場合かも検討をしておきたいと思います。
まず、貞操権侵害の慰謝料の考慮要素としては概ね以下のように考えることができると思います。
①交際に入る際の相手方からの詐言の内容や程度
②将来の結婚に向けての相手方の言動の内容
③交際期間
④その間の妊娠の有無や中絶の有無
⑤騙された側の年齢
以上を前提に、過去の裁判例にも照らして整理をすると貞操権侵害の慰謝料は数10万円から高額なものでは500万円程度だといえそうです。
その際、相当高額な慰謝料500万円を認めた事例は、若い女性が被害者であり、12年の交際中に何度も妊娠と中絶を繰り返させられたようなケースでした。
7 交際相手の配偶者からの慰謝料請求について
以上のように、貞操権侵害に際しては一定の場合に慰謝料の請求が可能となります。
他方で、交際していた相手の配偶者からすれば、自分の配偶者と不貞関係を持っていた、浮気をしたとして慰謝料を請求する可能性があることも念頭に置いておく必要があります。
具体的には、自分の交際相手が既婚者であると知っていた場合には当然にその可能性が高まります。そうでなく既婚者であることをまったく知らなかった場合でも、既婚者であると知り得た場合には過失が認められてしまうのでやはり慰謝料請求を受けることがあり得ます。
さらには、既婚者であることをまったく知らなかったとか、知らなかったことについて落ち度もないような場合であったとしても、配偶者の方が不貞だと疑って止まない場合にはやはり不貞慰謝料の請求を受けることがあり得ます。この場合に慰謝料請求が認容されるかどうかは別として、そのような請求に至り、紛争に発展することがあり得るということは念頭に置いておくべきです。
なお、当然のことですが、交際相手から実は既婚者であると打ち明けられたり、何かのきっかけで知ったりした場合にはすぐに交際を終了しないと、明確に既婚者であることを知った上で関係を続けたものとして当然、慰謝料の問題になってしまいます。
8 貞操権侵害に基づく損害賠償請求の方法は?
以上を前提に、具体的にどのようにして貞操権侵害の慰謝料等の請求をすればよいのでしょうか。
この点、多くのケースでは、まずは貞操権を侵害された側が、貞操権を侵害した側に対して内容証明郵便を送付する、話し合いの場を設けるなどの方法で示談交渉を持ち掛けることが多いです。
貞操権侵害という極めてプライバシー性の高い出来事について、出来ることなら話し合いで解決をしたいと考えるのは当然のことです。
とりわけ、貞操権侵害をした側に対して、話し合いによる誠実な解決を求めたいとの考えを持つのも当然のことです。
そして、話し合いの結果、条件がまとまれば合意書ないし示談書を作成の上で示談は成立します。
他方で、協議による解決が無理だとなればやむなく裁判手続での解決を試みることとなります。
当然、示談のメリットは、早期に解決し得る点にありますが、相手方が反省をしていないとか、悪質性が極めて高いために訴訟での解決による他ない場合には、どうしても訴訟にせざるを得ないところです。
そこで、訴訟にて相手方の行為についてすべて証拠に基づき明らかにし、きちんとした責任をとってもらうこととなります。
ところで、貞操権侵害と同時に、妊娠出産をした場合には、相手方に対する認知請求及び養育費の請求が可能です。これらは貞操権侵害を理由とした慰謝料請求とは別の手続によらざるを得ない点、ご注意ください。
執筆者;弁護士 呉裕麻(おー ゆうま)
1979年 東京都生まれ
2002年 早稲田大学法学部卒業
2006年 司法試験合格
2008年 岡山弁護士会に登録
2013年 岡山県倉敷市に岡山中庄架け橋法律事務所開所
2015年 弁護士法人に組織変更
2022年 弁護士法人岡山香川架け橋法律事務所に商号変更
2022年 香川県高松市に香川オフィスを開所