うんともすんともいわない
事務所の加湿器が壊れました。
乾燥著しい、一番活躍して欲しいこの時期に、、、
しかも、二度目なんです。この加湿器が壊れるの。
。。。
スイッチ入れてもまったくミストが出ません。かろうじて青色LEDが光ってくれてます。キレイだなー、なんて。。。
イルミネーションじゃないんだからミスト出しておくれ!
。。。
修理に出そうと思います。
みなさまも乾燥にはどうぞ、お気を付けください。
寝ながら考える
寝る前、ベッドの中で仕事のことを考えていることが多いです。あれやこれや、抱えている案件について、どうやったら有利に進められるか、一人、作戦会議しています。
で、眠りにつくといったん思考は止まりますが、何時間か寝て睡眠が浅くなると再び思考が再開します。たぶん、夜中の3時ころだと思います。
そうこうしているうちに新聞配達のバイクの音が聞こえてきます。たぶん、朝方の5時くらいでしょう。
そんなこんなであれやこれや考えていると案外、いいアイデアが浮かびます。
なので、寝ながら考えて、寝ながらでも仕事をしているといえそうです。
夜中、寝ながら考えていいアイデアが浮かんだ日は、いい気分で仕事を始められます。
今日も、寝ながら考えて、いいアイデアが浮かんできました。
目が覚める
昨夜、ぐっすり寝すぎたのか、日中はかえって眠い一日でした。
午前中からずっとなんだか眠いな~と思いながら過ごしてきましたが、夕方になってやっと目が覚めてきた感じです。
このあと一仕事したら帰ります。
今夜もぐっすり眠ります。
それにしても急激に冷え込んできて朝、布団から出るのに気合いがいりますね。
風邪に注意して年を越えたいです。
さようなら
とある年上の落ち着いた方と電話で話した最後に
「ではさようなら。」とあいさつをされました。
普段、私は「さようなら。」という言葉を使っていないのでなんだか新鮮な気持ちがしました。
普通の言葉なのですが、なんだか不思議な気持ちがしました。
私は別れの挨拶では「またね」とか「失礼します」などと言うことが多いように感じます。
それはそれで間違っていないでしょうけど、改めて考えてみると「さようなら」というのが一番、本来の別れのあいさつのような気がしますね。
今度は「さようなら」と使ってみようと思いました。
誠意ある謝罪
昨日、とある事情でとある法人の不正行為に関する説明会に参加してきました。
よく、TVで企業の不祥事の謝罪会見や説明会を観ることがありますが、これっていつも「なんでこんな誠意のない謝罪なんだろう。」って感じませんか?
昨日の説明会もまさにTVで観てきたようなひどい内容でした。
なぜか。
1 説明内容について配布資料がない
2 不正をした張本人が来ていない
3 不正の内容について概括的、あいまいな説明にとどまる
4 質問に対してきちんと説明、回答ができない(回答の用意が不十分)
5 不正によって生じた損害を回復しようとしていない
6 不正をした人に対する責任追及がない
これらが原因でした。
これってあらゆる企業の不祥事の際にも同様の対応をするから、「不誠実」と思われてしまうんですよね。
しかし、考えてみれば、↑に書いたようなことはきちんと説明しないといけないですし、その説明が重要であることは誰にでも簡単にわかることです。
それにも関わらずこのようなことができないのは、まだまだいろいろと問題を抱えていることの証拠だと思いました。
このような不誠実な謝罪しかできないようでは、この法人の未来も暗いかもしれません。
論と情、そして証拠
裁判に勝つために必要なことは、論と情、そして証拠です。
論というのは、事件の中身、事実をわかりやすく論じ、法律や裁判例を論理的に活用することです。
他方で情というのは、情熱や感情のことです。
裁判に勝つためには論だけでは足りず、情が必要不可欠だと思います。
逆に論がなく、情だけの状態でも勝てません。
さらにもっと付け加えると、論や情がそろったとしてもそれだけでも足りず、「証拠」が必要です。
「論より証拠」という言葉があるように、あれこれ言う前に、まずは自分の言い分を裏付ける証拠を見せよ。といったところでしょうか。
結局、裁判で一番手堅く勝つためには、過去の事実を情熱的にわかりやすく論じ、法律などを論理的に駆使し、さらに事実を裏付ける証拠を集めることです。
これらが偏った状態ではなかなか勝てません。
ほめたら伸びる
ほめたら伸びる、と言いますが、自分自身はあまりほめられて育った記憶がありません。
ほめたら伸びるのはきっとそれはそうなんでしょうけど、案外ほめられた経験って少ないかもしれません。
ただ、怒られた経験もあまりありません。また、自分のやりたいことを制限されたこともないように思います。
私が自分自身で選択し、その道を進んでいくのをじっと、辛抱強く見守ってもらって今に至る。
そんな感じに思います。
ほめられて育っていたら?
きっと今の道は選択していないのでは、と思います。
毛布に挟まれる
いよいよ寒くなってきて、ベッドに毛布を敷いて寝るようになりました。
もちろん、布団と一緒に毛布もかぶっているので体の上下で毛布にくるまれつつ眠る日々です。
こうすると本当に暖かくて朝になってもベッドから出たくなくなりますね。
冬の毛布って最高です。
ラジオを聞いていたら
朝の通勤時、FM香川を聞くことがあります。
今朝も聞いていたら、相羽高徳さんという方が紹介されていました。
盆栽アートとか、迷路アート?みたいな説明でなんとなく気になって検索してみたら、、、
すごいですね、この人。びっくりしました。
盆栽でこんなことができるなんて!
気になった人は検索してみてください。
いちごの色は何色か
いちごの色は何色ですか?
ほとんどの人は赤、と答えるでしょう。
しかし、葉っぱは緑、根本は白、つぶつぶは茶です。
必ずしも赤が正解とは言えません。
物事の捉え方は人によってそれぞれ違います。多数派の捉え方が常に正解とは言い切れません。
いろいろな物の見方、捉え方があってよいと思います。
しかし、物の見方、捉え方が異なることで他人とトラブルになることもままあります。
たとえば上司が部下に「馬鹿野郎!」と言った場合、労働者である部下はこれを「パワハラだ。」と言うことがあります。逆に、上司は「叱咤激励だ。」と言います。
性犯罪の場面では加害者は「被害者は何も抵抗せず、合意の上だ。」と言い、被害者は「怖くて何も抵抗できなかった。合意などしていない。」と言います。
このように、物事の捉え方の多様性ゆえに社会の中では日々、様々なトラブルが起こっているのです。
トラブルを起こさない、巻き込まれないためには、物事の捉え方は多様で、決して自分の捉えたとおり相手や周りの人も捉えるとは限らないこと、目の前の人がどのように考えているのか、を想像して理解して行動することだと思います。
自分自身はいちごの色は赤だと思っても、これを緑、白などと捉える人もいるのです。その時、いちごは赤だ、と押し付けるのではなく、なぜ緑や白と捉えたのか、相手の話を聞いてみることが大切だと思います。そうすれば、きっとお互い、理解し合えるのではないでしょか。