もっと美味しいはず、、、
暑い日だったのでジュースを買った。
キャップをグイっと捻って、グビッと飲んだ。
続けざまにグビグビ飲んで、あっという間に空になった。
「あー、美味しかった」
そう思いながらキャップとラベルを分別しようとした。
すると、ラベルに
「飲む前に良く振ってください」
そう書いてあった。
「えー!もう飲んじゃったよ!」
振ったらもっと美味しかったハズ。でももう手遅れ。
「振ってから飲んで」にはいつもいつも、飲んでから気が付きます。
混乱
ここ最近、世の中が非常に混乱しているように感じます。
オリンピックの開催の是非を巡って選手自体に対して向けられた言葉、ワクチン接種の予約のために早朝から病院に並ばざるを得ない高齢者、「人流」なる言葉で扱われる個人の移動、具体的スケジュールの見えない収束へのプラン。
どれもこれも新型コロナウイルスが原因ですが、その原因に対して効果的対策が打てていないことは明白です。
繰り返される「自粛要請」「休業要請」「徹底した対策」で解決しようとすることはもはや限界を超えています。
それゆえ、人が人としてあるべき冷静さを保てず、混乱しているとしか思えません。
この混乱の中、少なくとも他人を傷つける言動だけはしないようにと意識を強めています。
変な夢~津山でスケート~
変な夢を見ました。
津山でスケートをする夢です。スケートリンクにたくさん人が集まっていて、みなこぞってスケートに興じていました。
なぜか、リンクの中央に座り込みをしたり、寝転んだりしたりする人々がたくさんいて、リンクの周りしか滑れませんでした。
物凄い密で、物凄い熱気の中で、私もスケートをしました。
でも、何度もコケそうになり、本当に変な夢でした。
現地に赴き得られるもの
みなさま、今年のGWはいかがお過ごしになりましたでしょうか。
私は、今年のGWには普段できないことや普段行けない場所に行くことが出来てとても充実な時間を過ごせました。
とりわけ、仕事に大いに役に立ちそうな情報を得ることが出来たのが大きな収穫です。
やはりせっかくのGWには普段経験できないことをするのが一番だと感じます。
いろいろと制約が多い日々ではありますが、その中でも出来る限り様々な経験を積んでいきたいと強く思います。
職業選択について
家裁の待合室で順番待ちの際、置いてあった書籍が気になり、開いてみました。村上龍さんの「新13歳のハローワーク」という書籍です。
初版は2003年で、置いてあったのは2010年の新版の方でした。
ベストセラーになったこともまったく知らなかったのですが、内容がとても面白かったので自分用にも購入してしまいました。
特に面白かったのは、はしがき。
村上さんが、職業選択について思いを綴っています。
自分に向いていることを職業にするべきであり、それが見つかるのはだいたい28歳前後。それまで、13歳から数えると15年という十分な時間があるからその時間を有効に使って自分にとって向いている職業を選んで欲しい。
とのことです。
ご自身も28歳のころに、作家として生きていく決意が出来たとあります。
また、ご自身は、作家という仕事が「好きか」と聞かれると「そうではない。ただ、向いているとは思う。作家として長時間、長期間文章を書き続けたり、調べたりすることはまったく苦にならない。」とのことです。
とても興味深い言葉です。
一般的には、好きなことを職業に出来たら幸運だと言われたりしますが、村上さんは好きかどうかではなく、「向いているかどうか」で考えています。
その「向いている」仕事をいかにして見つけることができるか、出会えるかが非常に大切なことだということです。
私も弁護士という仕事をしていますが、向いているかどうかで言われると、「向いている」とは思います。好きかどうかでいうと、確かにどう答えようか考えます。
なるほど、職業選択の在り方について深く考え直しました。
結局、あるべき職業選択の流れは、
➀自分に向いているかどうか(かつ好きであればなお良い)
②その職業をこなすだけの能力があるかどうか(どんなに向いている仕事でも、どんなに好きな仕事でも能力が不足すれば職業としては成り立たない)
③生活するに十分な収入(もしくは自分が望むくらいの収入)となるかどうか
が大切ですね。
③を最初に考えてしまうと長続きしなかったり、仕事に対する不満ばかりが出るかもしれません。
やはり、➀において、ふさわしい職業を選択できていれば、その人にとって長い目でみて充実した人生になると思います。きっと、➀において、自分に向いている職業を見つけた人は、その職業に就くことを目指してきっと努力することでしょう。
そうすればおのずと、②の能力についてもついてくることでしょう。
私自身は、中学生のころに弁護士を志すようになりました。不条理が嫌いだったからです。ある意味で➀を満たしています。その後、必死で勉強をしました。受験勉強は約10年です。毎日10時間以上、歩いている時も電車に乗る時も、お風呂でもトイレでも勉強をしました。やはり、(勉強は大変でしたし、楽ではありませんでしたが)向いていたのだと思います。
その結果、何とか②能力が備わって、弁護士になることができました。
職業選択というのはとても奥が深いと感じます。
慣れないパソコン上の電卓
最近、電卓を止めて、パソコン上の電卓を使うようにしました。
↑ちょっと分かりにくいですが、いわゆる物理的な電卓を止めて、パソコン内のアプリで使う計算機を使うようにしたということです。
物理電卓を使わないようにしたのは、何でもパソコンやタブレットで出来ることはそちらに移行することを検討しており、物理電卓についてもその方法で全く問題がないと分かったためです。
ただ、まだ慣れていないため、何か計算をしようとした際、デスク上の(もうしまっており、存在しないが)物理電卓を探してしまいます。
でも、いったんパソコンの電卓になれれば、きっと将来的には物理電卓を使うこともほとんどなくなってくることでしょう。すでに、スマホで電卓を使うのは当たり前ですし、昨年購入したiPadでもアプリの電卓で本当に便利なものがありました。
なのでこの度、パソコンでも電卓を使う癖をつければもはや物理電卓は完全に無用の長物になることでしょう。
きっと、ずっと先の将来には、物理電卓もまたそろばんと同じように、「昔使われていた計算のための道具」として懐かしまれたりすることでしょう(ただし、そろばんは今でも計算能力を高めるために非常に有益な道具であり、全国多くのそろばん教室の存在がこれを物語っていますね。そうなると物理電卓もまた、きっと、その有用な面を活かした活用が残ることでしょう。)。
気の利く「予測変換」
毎日使うパソコンでの文書作成。
とても便利ですが、時に「予測変換」で予想だにしない変換候補が上がります。
今朝は、一生懸命、依頼者の方への連絡文書を作っていました。
「これでいかがでしょうか?」
という文章を入力しようとしたところ、変換候補に、
「これでいいのだ」
「これでいいのだ!」
と立て続けに上がりました。
うーん。明らかに天才バカボンです。
マイクロソフトさん。このような予測変換が需要が多いということでしょうか?それとも、私の頭の中を予測して、このような予測を候補に上げてくださったのでしょうか。。。
とても不思議です。
越えられない壁
弁護士の仕事は、勝った負けたが付き物です。多くの弁護士は、日々、勝つか負けるかを意識しながら活動しています。
当初の見立てのとおり、勝つこともあれば、予想外に負けることもあります。
その原因にはいろいろあります。
主張立証が功を奏さなかったとか、不利な証拠が顕出されたとか、はたまた裁判官の判断が偏っていたとか。
いずれにしても、負けたということは越えるべき壁を越えられなかった結果に他なりません。
弁護士として悔しい気持ちで一杯になります。
また、越えられなかった壁は結局、どこにあったのか、どうすれば越えられたのかも考え直します。
自分自身なのか、相手方なのか、裁判所なのか。
その上で不服申し立てに出て、納得のいかない結論を覆すよう最善を尽くします。
裁判に限らず、世の中には壁を越えることのできた勝者と、越えることのできなかった敗者がいます。スポーツ競技でもそうですし、あらゆる受験もそうです。
個人的にはボルダリングを趣味としていますが、自分自身で楽しむ限りでも、自分の中で「今日はこの課題を登ることができたが、あの課題はできず悔しい。」という気持ちになったりします。
スポーツでも何でも人は常に目の前に立ちはだかる壁を乗り越える努力と工夫をします。その壁は決してひとつとは限りません。また、あちこちに、次々と現れることもあります。
そして、最終的にはそれらの壁をすべて乗り越えた人が勝者です。
ひとつでも乗り越えることが出来なかったり、逃げたりした人は敗者です。
その意味では、勝者になるにはまずは逃げないことだと思います。その上で乗り越えるべき壁を一つ一つ乗り越えることしかありません。
それでも乗り越えることのできない壁はきっとあります。そのことを自覚した時の悔しさは一生忘れることはできないと思いますが、勝負の世界はそういうものです。
厳しいようですが、乗り越えるべき壁を乗り越えた者のみが唯一、勝者となるのです。
(最近の池江選手の活躍ぶりを見て、勝負の世界について改めて考え直してみました。
彼女は病気という大きな壁に打ち勝ち、その上で競泳に復帰し、大会で素晴らしい結果を納めました。敗者となった選手からすれば、「池江選手」という壁を越えることが出来なかったと言えます。
池江選手という壁は、「自分自身にはない才能」なのでしょうか。
スポーツにおいては、単に体格や筋力によって勝敗が決まるのではなく、運動神経やセンスによって結論に違いが出ます。きっと池江選手にはこれらが相当優れているのでしょう。)
やることをやって帰宅する
毎日、「その日のうちにやるべきこと」をすべてこなしてから帰宅することを心掛けています。
そうすることで自分自身をコントロールし、仕事に追われるのではなく、仕事を追うようになっていけます。
というのも、その日のうちにやるべきことを決める時点で、すでに仕事の優先順位や自分の可処分時間や可処分能力を考慮しているので、その日のうちにやるべきことがほどよく選別されているのです。
その結果、優先順位や可処分時間、可処分能力を越えた予定をそもそも立てないようになります。そうすると、ある一日について、あれもこれもと仕事に追われることもなくなり、ある程度の余裕をもって業務に対応できます。
一日をこのように過ごすことができるようになると、その翌日も余裕をもって対応できます。これを毎日繰り返すと、いつしか仕事を追われることもなくなり、先の事に時間や労力を割くことができるようになるのです。
なので、毎日、その日のすべきことをすべて書き出して、これが完了したら帰宅することを心掛けています。
今日もやるべきことをすべてやったので、そろそろ帰宅の時間です。
デスクワーク
年度替わりのこの季節はいつも、仕事がいろいろ落ち着きます。
その理由は何と言っても裁判所の期日がほとんど入らないためです。
年度末を挟んでおおむね2週間前後は期日がまったく入らなかったり、入ってもごくわずかだったりします。
そのため、事務所で過ごすことが多くなり、必然的にデスクワーク中心の日々を過ごすようになります。
今日もまさにデスクワークの一日で、このブログを書いている夕方までほとんどずっと椅子に座りっぱなしでした。
たまにこういう日があるくらいなら良いのですが、基本的にあまり落ち着きのない自分としてはデスクワークばかりの日々は結構、辛いです。
途中、立ち歩いたり、別の部屋に行ったりとかはしますが、そもそも「一日中室内にいる」ことが好きではないのです。
なので、今日はもう限界!
このブログを書き終わったら早めに帰ります。
予定では、明日と明後日は外に出る用件があります。ですが、金曜日にはまた一日中事務所、、、
やはり外に出て過ごすのが好きです。